ダイエット?よーしてりぞーが40㎏痩せるまでの半生を語るぞ!

痩身という言葉は僕のためにある……どうも。てりぞーです。
日本酒ウマイ!つまみウマイ!ビール!ラーメン!…なんて連日暴飲暴食していたら気付いたらお腹が……絶望する瞬間ですね。

こんな経験一度はあるんじゃないでしょうか。僕はあります(笑)。

そして僕は過去何度かダイエット、つまり減量にチャレンジしています。恥ずかしながら10代の頃は相当のデブでした。

今日は、そんな僕のストイックな減量半生をだらだと書いていきます。減量中のモチベーションダウンアップになること間違いなしです。

1 40㎏の幼稚園生になるまで

当たり前ですが僕は生まれた時から太っていたわけではありません。保育園までは、やたら身長が高いぽっちゃり男子で通っていたはずです。

太っているというよりただただデカい。

「本当に保育園児なの?」と間違われることもよくありました。デブの傾向が見え隠れしはじめたのは幼稚園生の頃です。

僕の両親はあまり間食をさせないようかなり気を使っていたようですが、そこは親の心子知らず。

母親の愛情をあざ笑うかのように、幼稚園を卒園する頃には体重が40㎏になっていました。

言うまでもなく「本当に幼稚園児?」はよく聞かれましたよ(笑)

これで止まればよかったんですが、そう世の中甘くはありません。小学校に入学し、僕の体はさらに成長していくことになります。

2 完全に仕上がる!90kgを記録した小学生時代

小学生になってからも僕の勢いは衰えず、毎年の身体測定で順調に体重が増えていきました。それに比例して身長も伸び、小学生と言ったら疑われるレベルに達していたんです。

デカいと単純に目立ちます。僕の地元は「ド」が付くほどの田舎で全学年1クラスしかありませんでした。

生徒の数がとても少なかったので、ある日強制的に野球部に入れられてしまいました。やりたくもない野球をイヤイヤやらされる毎日。当然痩せるわけありません。

むしろストレスでお菓子を食べまくってますます太りましたね(笑)。

そのせいか野球が嫌いになりました。見るのもプレイするのも。ついでに運動嫌いにも拍車がかかります。

そして小学校を卒業する頃には身長170㎝、体重90㎏の恵体に。もうどこかの相撲部屋からスカウトが来るレベルに仕上がっていました。

この頃から地元の中華料理屋のマスターに「いい相撲部屋紹介するぞ」と、食べに行く度に言われていたのを思い出します。

食べる量は他の人と変わらなかったような気はするんだけど、そう思っているのは自分だけですねきっと。かなり偏食で野菜嫌いだったから。

どれくらい偏食かと言うと、まず野菜はレタス、キャベツ、キュウリ以外は基本食べませんでした。

魚介類で食べられるのは、イクラやとびっこと言った魚卵類と魚の干物か缶詰だけ。

肉類は主に牛肉と鶏肉で、豚肉、特に豚の脂の味が特にダメで食べた記憶がありません。例をあげると、トンカツを買ってきたら衣だけはがして食べるタイプです(笑)。

乳製品や卵は大好きでした。そしてスナック菓子は僕の友達……すいません太る要素満載でしたね。

太るべくして太ったと証明されてしまいました。

要するに極端な偏食だと太りやすくなる可能性が高くなるんですね。
僕は豊満な肉体を惜しげもなく晒し続け、中学校に進学することになります。

3 バスケ一筋!体が引き締まった中学生時代

中学校に入ると僕の身体に変化が出てきます。
僕が通っていた中学は部活動に強制加入という悪魔の制度がありました。

男で入れるのは野球、バスケットボール、卓球の3つと、運動系の部活しかありません。もう選択肢がなさすぎる状態。

 

野球は嫌いだし卓球はつまらなそう。

 

悩んだ末僕が選んだのはバスケでした。
ええ某バスケマンガに思いっきり影響されてましたよ(笑)。

デブだけど身長でカバーできるだろうと何とも浅はかな考えで入部したので、最初は地獄を見ました。そりゃそうです。走りっぱなしのスポーツですからね。

1年生で練習についていけないのは僕だけでした。
基礎体力がなさ過ぎ、おまけにデブ……コーチに怒鳴られ走らされたのは今でもトラウマです。

とにかく辛い日々でしたが辞めるつもりは全くありませんでした。すでにこの頃から、デブデブ言われることに嫌気がさしていたからです。

心臓が止まるんじゃないかってくらい走りました。汗をかきすぎてTシャツがシースルーになるのも当たり前。

僕はかなりセクシーな恰好で動き回っていましたよ。完全に乳首透けていましたからね。

帰宅後、トイレに入って一息ついた瞬間太ももがつったことが何度もあります。痛すぎてトイレで叫びました(笑)。よく膝や腰を壊さなかったなと思うけど、特に異常は出ませんでした。

もともと身体自体は丈夫だったんですね。ここは親に感謝。

部活に入って半年経ったくらいで、ようやく皆と同じくらい動けるようになりました。

この頃になると筋肉が付き身体が締まってきます。
体重も痩せはしないまでも、プラス1~2Kg程度と穏やかな上昇に変わりました。

(このまま続ければ痩せられるかもしれない……)僕は確信しました。

動けるようになると部活も楽しくなってきます。おかで中学時代は引退するまで部活一色でした。

で、肝心な痩せたかどうかですが、基礎体力と筋肉が付いただけで体重は90㎏台から変わりませんでした(白目)。

一番分かりやすい目安だから本当にくやしかったです。
けれど実際は脂肪が減って筋肉が付いたから、体重は変わらなかっただけなんですよね。

中学生と言えば育ちざかり。ましてや部活で毎日動いていたら、お腹も空くしガッツリ食べます。

三食プラス間食は当たり前。それも全部部活で消費していたことになります。スゴい。

しかし3年生になって部活を引退すると、状況が一変します。また少しずつ太ってきたので。食べる量は変わらないから当然ですね。

 

(このままでは洒落にならない……大銀杏を頭に結うなんてイヤ!)

 

中学卒業を前にして僕は焦り始めました。ファッションや異性にも興味を持ち始める年頃です。肥満体のまま大人にはなりたくない。

僕は雑誌を読み漁り、痩せる方法を探し始めました。
よくわからない飲み薬のようなものも買って試したこともあります。

それは濃い緑色の液体で、水やお茶等に数滴入れて飲むと脂肪を分解してくれるという何とも胡散臭いものでした。2~3か月試してみましたが、期待するような効果は得られませんでした。

スマホやPCで調べることなんてできない時代。頼れるのは口コミか雑誌の情報だけです。
思春期真っただ中の中学生の男が、痩せる方法を探すというのはなかなか恥ずかしいことなんですよ。

(絶対に痩せられる方法なんてないのか……。)半ば諦めかけていた僕は、1冊の本に出会います。

数多のダイエット法を追っかけていれば、一度は見たことがあるんじゃないでしょうか。真っ赤なラベルが印象的な有名な本です。僕は買おうかどうしようか迷いに迷いました。

何故かと言われれば胡散臭さ全開だったからです。

それでも、痩せられる可能性があるなら何でもやる勢いで、特に期待もせずその本を買いました。

そしてこの出会いが、僕の恵体うっちゃり人生を変えていきます。
ただ当時はどうしても恥ずかしくて動くことができず、手に入れて満足しただけで終わりました。

僕は、肥満の「ひ」の字も改善しないまま、高校に進学することになるのです。

4.1 ついに大台!ピッカピカの高校一年生

高校生になった僕の体重は、相変わらず90㎏台をうろうろしていました。
高校の3年間は子供から大人へと成長する期間です。食べることを抑えるなんて出来やしません。

脳が、いや細胞が拒否するわけですから(笑)。

僕の食べる量もこの辺からいよいよおかしくなります。と言っても、普段の学校生活はそうでもありません。

持参した弁当の早弁、昼は購買のパンを買って弁当の穴埋め、飲み物はジュースを飲んでいました。多分高校生ならこれは普通だと断言できます。

しかし休みの日、特にどこかに出かける時はひどかった。

ある休日に親戚の家に行くことになり、車で出発しました。僕は朝起きるのが苦手なので朝ご飯は食べていません。なので親にコンビニに寄ってほしいとお願いします。

親は2時間くらいだから我慢しろと言います。だが僕も譲りません。
結局親が折れてコンビニに寄ってくれたのですが、僕が買った朝ご飯が本当にひどい。

おにぎり2個、牛丼1つ、パスタサラダ1つをメインに、サイドメニューとして唐揚げ棒を抱えペロリと平らげました。
調子のいい時はさらに総菜パン1つも追加しひたすら食べるのです。

頭おかしい。しかし、それくらい平気で食べることができたんです。

そして親戚の家に到着しました。時間はちょうどお昼くらいです。当然昼飯の話になりますが、僕は2時間くらい前に暴食の限りをつくしたばかり。

普通なら食べられません。しかし僕は平然と出前の天丼を平らげました。

 

「さすがにお腹いっぱいになったかな……」このバカ野郎!

 

これで痩せているか筋肉質であれば、「よく食べるなてりぞーくんは。若人はたくさん食べないとな!はっはっは」で済む話です。
しかし僕の場合はすでに身体が処理しきれなくなっていました。

こんな生活を続けていたことで、高校一年が終わる頃にはついに体重が0.1トンを超えてしまったのです。

スポーツ選手ならそれもいいでしょう。しかし僕は一般人。プロではありません。何より筋肉より脂肪がついてしまっている。
自分の体がそれを物語っています。

運動を全くしてなかったわけではないです。
僕は柔道部に所属していました。入部した理由は僕の姉が柔道部に在籍していたこと。そして入試の面接でネタとして使ってしまったからです。

この時も僕は(……身体デカいし何とかなるだろう)と、まるで成長していない思考でした。

 

少しは学習しろ。

 

実際は中学のバスケで体が出来上がっていたこともあり、毎日の部活に支障はありませんでした。格闘技という性質上精神的な意味でしんどかったですけどね。

こうして僕は0.1tの身体を自在に操り、某香港スターのように「動けるデブ」へと変貌を遂げていくのです。

4.2 恋に破れ覚醒した高二の冬

さて、そんな動けるデブにも好きな子ができました。相手は同じクラスのF子です。
F子は色白のメガネっ子でとてもサバサバした性格、けれどふとした瞬間に女を見せてくれるとても魅力的な子でした。

そしておっぱいも大きかった……いや好きになった理由とは全く関係ありませんよ

F子とは中学校からの同級生です。中学時代は特に何とも思っていませんでした。どちらかというと彼女は静かなグループに属していて、話す機会もあまりなかったというのが正直なところです。

僕は僕で他グループと楽しくやっていたのでなおのことです。

それにしても、高校生って恐れを知らないというかある種の無敵感がありますよね。僕はF子と絶対付き合える、根拠のない自信がなぜかあったのを覚えています。

実際にF子とは同じクラスになりよく話すようになったので、彼女がどんなことに興味があるのか徹底的にリサーチしました。

その中でも特に好きな本とアーティストに興味を持った僕は、オススメを聞いたりして距離を縮めていきました。

F子がよく読んでいた本は有名な某多重人格者の話。そして好きなアーティストは当時人気が出始めてきた「L’Arc〜en〜Ciel」、そうラルクです。

ラルクと言えば「HYDE」、日本人離れした美形です。F子はHYDEにお熱でした(笑)。

この時点で、動けるデブに勝ち目がないことは明白ですね。

僕は彼女と話す口実を作るため、F子にラルクのCDをよく借りていました。ついでに曲も完コピして、カラオケで歌えるようにしたのです。

幸い僕は何とか聴けるレベルの歌唱力を持っていました。残念ながら披露する機会はありませんでしたが……。

ド田舎にはカラオケやっているところなんてないんです。
デートに誘うにしても電車に乗って都会まで出ないといけない。

そして二人でいるところを見られたらすぐバレます。田舎って怖い。
なのであくまでも学校内でコッソリアピールする方法しか取れませんでした。そう、ただのヘタレです。

とにかく毎日学校で会うので、僕はアホみたいに身だしなみに気を使いだしました。

そんなことよりまず痩せないとお話にならないんですけどね。
等身大の自分を見てもらおうなんて都合が良すぎる(笑)。

そんな都合のいい頭のまま、僕はその年の冬にF子に想いを伝え見事に振られます。思い出すだけで胸が痛くなる展開。
振られた後、僕は太っていることは罪だと思うようになりました。

(絶対に痩せて自分の納得のいく体型に生まれ変わってやる……)そう誓いました。もう一度F子に想いを伝えることだけを糧にして。

脳内覚醒した僕は、高校最後の1年に向けて動き出します。

4.3 ご飯って何だっけ?白飯の味を忘れた高校最後の夏

高校3年になってまず行ったこと、それは親への協力依頼です。

毎日の食事は母が管理しています。僕は、F子に振られたことは特に話さずとにかく痩せて変わりたいから協力をしてほしいと猛アピールしました。

母はとても驚いてました、無理もありません。怠惰が服着て歩いているような我が子が何か言っているわけですから。

しかし、僕が本気であることが伝わったのか、目標体重に達するまでの食事の管理を引き受けてくれました。ちなみにこの時の身長は180㎝、そして体重は110㎏です。

もう何も言う必要はありませんね。完全体です。

その日から僕は例の赤い本を繰り返し読み続け、その減量法を頭に叩き込みました。その減量の要となる部分は「炭水化物は取らないこと」、そして「毎日水を3L飲むこと」です。1日30分程度の運動も忘れてはいけません、

他にもたくさんの制限事項があり、食べ盛りの僕の減量は過酷を極めました。何より炭水化物、特にご飯が食べられないのが本当に辛かったです。

しかし人間って確固たる目標があると案外動けるんです。
僕の場合は失恋。実に分かりやすい(笑)。高3の春からはじめて約半年間、徹底してその減量法を続けました。

この時は自分でもびっくりするくらいストイックでした。指定された食べ物以外飲み食いしていません。家でも学校でもです。

運動もほぼ毎日1時間くらいランニングしていました。

一度だけ健康診断の再検査で病院に行き、血液検査中に倒れたことがあります。意識を失っていたほんの数分の間、木漏れ日と小鳥のさえずりが聴こえる林の映像を見ました。

そしてテレビの砂嵐のような映像が流れ始めると同時に、看護師さんの呼ぶ声が聞こえてきて僕は正気に戻ったんです。

ちょうど中間テスト中でもあったので、ストレスが溜まっていたのかもしれませんね。

それくらい本気でやっていたんです。

気持ちが変わると体も変わってきます。途中体重が減らず停滞していた時期もありました。けれどその年の夏が終わる頃、僕は35㎏の減量に成功しました。

体重を110㎏から75㎏まで減らすことができたんです。

体が軽くなりました。今まで着ていた服はブカブカです。知り合いに会うたび「誰?」と言われるようになりました。
両親も学校の友人も驚いていました。もちろんF子もです。

何より驚いたのは自分自身ですけどね。自分の意志の力で減量を達成できたことは、大きな財産になりました。

そしてその年の秋、僕は自分が納得できる体型になれたかことから減量をやめました。食生活も元に戻し、絶っていた炭水化物を食べることにしたんです。

母に白飯のおにぎりを作ってもらい学校で食べました。

半年ぶりに食べるご飯。けれど一口食べて思ったこと、それは(ご飯ってこんな味だったっけ?)でした(笑)。

完全に味を忘れていたんです。おにぎりを1個食べ終わり、ようやく味を思い出しました。改めてそのうまさに一人で感動していましたね。

そうこうしているうちに、F子に振られてちょうど1年経ちました。
生まれ変わった僕は、再びF子に思いを伝えそして振られました。F子は他に好きな奴がいたんですね。

結局ドラマチックな展開などなく僕の高校生活は終わります。
努力は必ずしも報われる訳ではないことを思い知りました。

その代わり得たものもたくさんあったのでよしとしましょう。

5 自由自在!?痩せたり太ったりの専門学生時代

高校を卒業した僕は専門学生として上京しました。東京には田舎にない誘惑がたくさんあります。

僕は学生寮で生活していました。その寮の近くに家系のラーメン屋ができてからというもの、僕は完全にはまってしまい週2~3で通いました。

家系ラーメンは白飯との相性がとてもよいのですが、僕は白飯を食べることはしませんでした。ラーメンに集中したかったらです。無意識に炭水化物+炭水化物の組み合わせを避けていたのかもしれません。

その代わりスープはほぼ完飲していたのでプラマイゼロでした(白目)。

その時の体重はというと、80㎏~87㎏あたりを行ったり来たりです。基本的に痩せた後の食生活をもとに戻すということは、同時に体重も少しずつ元に戻ってきます。そうしないためには定期的な運動をする、そして食べ物に気を使うのふたつです。

学生寮は夕食と朝食が毎日出ていました。しかし作っている人が昭和脳だったのか、ご飯とおかずが7:3の割合だったんです。

ご飯は毎回どんぶり飯。辛い。

もちろんそれくらい食べられます。ただ料理自体がイマイチで半ばノルマのようになっていたため、途中で食べるのをやめました。

夕食、朝食を食べない場合毎月食費は戻ってきます。
残念ながら寮は自炊ができるキッチンがなかったので、外食かコンビニ飯、そしてカップ麺と偏った食生活になってしまいました。

いくら若いからといってもこれではまた太ってしまいます。僕の不安は的中し、気付いたら体重が80㎏まで戻ってしまいました。高校の時の減量法をするにしても、料理ができない状態では限界があります。

それでもやらないよりはマシであることを悟り、できる範囲で減量をすることにしました。

減量法で足りない部分はひたすら運動。ストイック全開です。

確実に痩せる方法を一度覚えると迷いがなくなります。1~2ヶ月頑張れば元に戻すことができるんです。しかし、どうしてもリバウンドしてしまう体が憎い。

秋から冬にかけて太り、春から夏にかけて痩せる。これを毎年繰り返していました。うんざりです。僕はまた悶々としながら過ごすことになります。

6 ついに減量を極めた怒涛の20代

専門学校を卒業し諸事情により就職しなかった僕は、バイトをしながら一人暮らしを始めました。

食事はできるだけ自炊をするよう心掛け外食はしない。
お酒も家ではほとんど飲むことはありませんでした。大好きなラーメンも週1~2回程度で我慢する。

生活のため節約したい気持ちも強かったからかもしれないです。

それで体重はというと、専門の時と変わらず80Kg~85㎏辺りを行ったり来たり。痩せても維持することができません。

けれどリバウンドはある程度仕方ないから、太ったら痩せればいいやと考えていました。

一人暮らしを始めてからしばらくして、叔父から連絡がありました。「面白い本があるから読んでみないか」と。叔父は本の虫で、ジャンルを問わず色々と読んでいます。そしてすぐに行動に移すとても積極的な人間です。

どんな本なのか内容を聞くと、何かの健康法についての話でした。

叔父は僕が減量したことを知っていますし、僕も叔父にその減量法を話しています。

どうやら僕が健康法について興味を持ったのだと思い、その本を教えてくれたことが分かりました。あまり興味はありませんでしたが、後学のために借りて読むことにしました。

その本は紺色のハードカバーでそれなりに厚みもあり、ちょっと怪しい匂いがします。

僕は高校の時の赤い本を思い出し、恐る恐るページをめくりました。

読み進めていくうちに、何となくこれはベジタリアン、つまり菜食主義について書かれていることが分かりました。けれどそれだけではありません。

痩せるためにはダイエットという一時的なものではなく。根本的な食の習慣から変える必要があると言うんです。そしてカロリーを気にせずクオリティの高い食事をすること。

そしてどのように習慣を変えていくのか。

それは「朝食は果物のみ食べること」、「炭水化物とたんぱく質は一緒に食べないこと」大きく分けるとこの2つです。

朝は体が排泄をするので、できれば何も口にしない。食べるなら新鮮な果物のみで他の食べ物は一切食べない。午前中はお腹がすいたら果物を食べます。

お昼や夕食は炭水化物やたんぱく質を食べてもいいのですが、同時に食べてはダメです。炭水化物と野菜、たんぱく質と野菜、つまり必ず野菜と組み合わせて食べるようにします。乳製品や卵も考え方は同じです。

衝撃を受けました。確かに今の食生活で太っているのだから、習慣を変えてしまえばいいというのは理解できます。

けれどこの本の言う通りに習慣を変えて体は大丈夫なのか。
病気になったりしないのか不安を覚えました。

結局本を読み終わってから少し間をあけて、僕は習慣を変える方向に気持ちを切り替えていきます。以前の減量法よりは辛くないと判断したからです。

まずは朝の果物からはじめました。果物の種類は特に指定がなかったので、値段が安定しているグレープフルーツやオレンジ、そしてバナナを中心に毎朝食べ、バイト先にも持って行ってお腹が空いたらまた食べます。

1週間くらい続けてみて、身体が少し変わりました。
今までご飯を食べると襲ってきた軽い眠気がなくなったんです。

胃も常にスッキリしていて空腹感もありません。

体重に変化はありませんでしたが、体に溜まっている老廃物が外に出切った感じがしました。

 

(これもしかしていけるんじゃないか……?)

 

ここで火が付いた僕は、徹底して実践してみることにしました。ダイエットとは違い新しい習慣を身に付けるためには、少し時間が必要です。

僕は約2年かけて自分の身体に叩き込みました。この方法の良い所は、途中でストップしていいことです。ダイエットじゃないんだから、食べたいものがあったら食べることができます。

その分痩せるスピードは遅くなります。それも問題ありません。
食べたことによる罪悪感を感じることもないのです。

すでに朝の果物が習慣化していた僕は、かなりラクに進めることができました。そして2年間で僕の体重はゆっくりと減少し、85㎏から70Kgまで落とすことができました。

嬉しいことに、新しく身に付けた習慣のおかげで食生活を元に戻してもリバウンドすることはありませんでした。

その分びっくりするくらい食べる量も減り、食の好みも変わりましたけどね(笑)。

たとえ暴飲暴食をしても、次の日の朝は果物を食べてリセットすること。昼飯、夕飯も調節すればいいだけ。もう無敵です。自分で体重をコントロールできるようになりました。

ちなみにこの間も気が向いたら運動はしていましたよ。運動が大切であることは、赤い本にも紺色の本にも書かれましたからね。

 

長くなってしまいましたが、僕の減量体験談はここまでです。

7 終わりに

今回はかなり長文になってしまいました。痩せるということはそこまで難しくないんです。痩せた後の体型を維持するほうがはるかに難しい。

偉そうに語っていますが、今の僕は昔の痩せた身体に甘え不摂生を続けてしまいました。結果として元に戻りつつあります。原因は加齢とお酒ですね。

 

どんなに確実なダイエット法があったとしても、本人の考え方と行動次第で意味のないものになってしまうことが理解できたかと思います。

 

実際のところ以前はジムに通っていたので、お酒の分は相殺できていたんですよ。
けれど引っ越しを機会に退会してしまったんです。

 

し、社会人は忙しいから(震え声)。

 

それでも、10代の頃の食習慣を変えなかったら僕はすでに生きていなかったかもしれない。生きていたとしても、重い病気を抱えて絶望していたと断言できます。

一度経験して習慣づけをする、知っていると知らないとでは全然違います。気持ちの切り替えができるかどうかだけですからね。

食べ物の好みも変わるというか、偏食は治ります。僕はトマトやセロリ、山菜系は大嫌いでしたが、今は大好きになってしまったので(笑)。薬だと思って食べていれば意外と慣れるものです。ちょっと精神論のように聞こえるけど、薬はまずくても必要なら飲みますよね。それと同じです。

というわけで、次回はダイエット法のまとめ記事でも書きたいと思います。
僕の減量スイッチを入れるためです。ついでに僕の恵体も晒そうかな。

いや、グロ画像になってしまうのでやめよう。

 

……太らない身体っていいなぁ(遠い目)。

 

最後まで読んでくれてありがとうございます!

今宵は…よい酒は自粛しよう(笑)

 

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